こんにちは、お金も時間も大好き!昔は女子高生だった波野なつこです。
皆さん、ところでおいくつですか?
執筆時は現在32歳の波野なつこです。
高校生のときに見ていた30歳超えた先生たちを「おばさんだ」と思っていましたが、今から思えばマジ懺悔しなさい!!!と思います。
30歳は思っていたより早くなるぞ!現役高校生!
私は中高一貫の女子校に通ってました。進学校だったのですが、本当に落ちこぼれで、中1の勉強から置いていかれました(笑)
そりゃもうヒドイレベルで毎週再試験を受けてました。再試で済めばまだいい。再試の存在を忘れるから再々試なんて日常茶飯事なので、再再試験になるまで勉強してないことも(笑)
中1の数学でマイナスの概念にいきなり置いていかれたな。よく卒業できました(笑)
そんな私が好きだったのはお祭りで、学祭や体育祭では最前線でやってました。
学祭では舞台とかを牛耳ってた企画委員会で委員長させて頂きました。
具体的には、講堂やホール、音楽室などで行われる公演する部活や団体がスムーズにできるようにするもの。舞台裏はどエライことになってます。
1分単位で入れ替えを行い、時間を押すことなく公演を行う…
口で言うのは簡単だけど、各種団体は自分たちの要望を通すことだけを考えてグイグイでした。
中には学祭後のアンケートに「死ね」と書いた友人もいましたね。よくぞ同級生が読むのに書けるな…と思いました。
そんなこんなでメンタルが豆腐ではやっていけないので、すごく成長する機会を頂きました。
朝イチで委員会の顧問と打ち合わせ。昼休みには各教室回って配布物とか、各委員長と打ち合わせしたりホント毎日走り回ってました。
世の中、「女子校のイジメってエゲツない」ってよく言うじゃない?
これ、マジなんです。ウダツのあがらねー女っているんですよ。
自分でその立場に立つ根性ないくせに口ばっかりで汚いことをしてくるやつらでした。
後輩脅したり、文句ずーっと言ってるし、君たちそれで幸せになれるのかい?と思ってました。
今となっては、その言葉を発していた彼女たちの方が自らの言葉によって手の届かないような深いところに傷つけていたのではないかと思います。
とはいえ、他の人に迷惑をかけていた、イヤな思いをさせて傷つけてきたことには変わりはないので許せたものではありません。
そんなこんなでしたが、いじめっ子たちの迷惑も振り切って無事に学園祭を予定通り達成することができました。いじめっ子たちが控え室でたむろしてたせいで後輩たちは控え室にいることができなくて申し訳無かったけど、それ以外はうまくいきました。
そんな高校生活。
勉強はというと、前述の通りまるでダメ。
高校1年生で文系・理系を選ぶようになり、高校2年生では受験科目を選び、3年生になればひたすら勉強する…。
祭りばかりに夢中になっていた私にもそんな時期がやってきた!
中学受験から国語が壊滅的にできなかったので、必然的に理系を選び、とはいえ、大学に行ってまで勉強なんぞしたくない!!!と思ってました。
とはいえ、いつか私も働く日がくる。
その時に大学に行ってないと不利になる…なんとなくそんなこと「常識=正しいこと、するべきこと」と思い込み、周りの友人は「医者になる」「商学部にいく」など方向性が決まっていく中で
私はぼんやりと「一攫千金を狙いたい」もしくは「食品メーカーで手堅く生きたい」とお金のことばかり考えてました。
一攫千金は人類の夢(?)だし、食品メーカーというのは親戚の影響でした。
私は親戚中が食にまつわる業界だらけ。
肉に魚に外食、中食…様々な形態で食品関係の仕事をしている大人ばかりに囲まれて、子どもの頃から仕事の話を聞いていました。
食品メーカーの強みは人間食わずには生きていけない!ということで安定してるいる点です。
叔父たちが色々話しているのを聞いていて、食品メーカーにとっての脅威は、今でいうTPP…つまり関税がなくなることと、少子高齢化ということを知りましたし、そのうちそうなるかもしれない、ということを聞きました。
なるほど…食品と一言で言っても安パイではない!ということか。
ならば「日本独自のもので他の国ではマネできないもので、かつ海外で需要があるもの」というもの…
と考えたときに一つの答えが出ました。
それは…
しょうゆ!!!
中学生・高校生になるころには何となくそっちの方向に行こうと思っていました。
一攫千金は狙い方わからないし、しょうゆメーカーはどこの学部でも行けそう。結果的にどんな方向に進むかなんで決まりません。
そんな時に偶然出会ったのが小泉武夫先生の著書。自宅のトイレに置いてあったのをトイレに入るたびに読んでました。
この本の冒頭は、この世の中の微生物の99.999%は未知である。ということが書かれてました。さらには、微生物の力によって様々な薬が作られてることや、環境保全など全く知らなかった微生物の力を借りてできることが書かれてました。
「これは儲かる!!!」
まさに雷に打たれたかのような衝撃!
幸い、小学4年生にして顕微鏡を買ってもらうほどミクロの世界が大好きだった私。
これはイケる!
ついでに食品と関わりあるし、最悪、食品メーカーに行ける!
と、昨日までのやる気のなさと打って変わり、担任の先生に「小泉武夫先生のもとで一攫千金狙います!」と言い放ちました。
今まで勉強する気配がなかった私が急に勉強する気になったわけですから、理由が「???」だったにせよ、先生や両親も安堵したことでしょう。
こうして、私は小泉武夫先生がいる東京農業大学の醸造化学科を志すことになりました。ここならしょうゆの作り方も学べるし、毎年1人はしょうゆメーカーに行ってる。一石二鳥だ!
そういって、東京農業大学を目指し、猛勉強を開始…しようとしたところ、衝撃的真実を知る。
高2の英語が全くわからない。
遡る。
高1の英語もわからない。
結局、中学英語からやり直しが必要と気づく高2の秋。
それでも何一つ、自分がやってきたことに後悔はありませんでした。
その時を全力で生きたその時間は貴重で成長させてくれた経験は普通の高校生だったら味わえないでしょう。
間違いなく、私の青春は学園祭でした。
勉強なら後からやる。
学園祭を成功させた後は「出来る!」と自信もついていたので一生懸命勉強しましたが、元々残念な記憶力。
一浪しました。いやー泣きました(笑)
卒業式はいつも通り楽しく明るく振る舞うので精一杯でした。当時は携帯電話を学校に持っていくことが許されてなく、携帯電話は見つかれば没収されてしまっていたのですが、卒業式のあとはそれを先生の目の前で出して「先生ー!ホレホレ〜♪私たち、もう生徒じゃないもーん♪」とやってました。
先生も笑顔で「なつくん!こらっ!後輩が見ているでしょ!」と言ってましたね。先生からかって、私も友人も後輩も笑ってました。
本音はみんなが大学に進むのに置いていかれたような気持ちで寂しくて悔しかったです。でも私がそんな顔してればみんなが気を使うデショ?
だから絶対出来ないよね。
高校の先生に全滅の報告し、あまりに悔しくて「先生、私、来年、醸造に特待生で合格しますから!」と言って中高6年間過ごした学校の門を出ました。
たくさん思うことはありました。
直前の模試でも同じくらいの成績だった子で登校拒否してた子は私立の歯学部に合格してました。両親は開業してる歯医者さん。その両親が卒業した大学です。
イヤでも「まさか…」と疑ってしまいました。
他にも同じくらいの成績だった子たちは滑り止めの学校に行くことにしていました。
私は滑り止めの学校に白紙の解答用紙を提出しました(笑)
もう滑り止まる気がない!
だって行きたい大学行きたいじゃない?
親からは「あなたがストレートで大学行けば間に合うけど、浪人すればお父さんが定年退職を迎えるのよ!だから浪人はダメ!」と言われてましたが、落ちたなら許されるでしょ?(笑)
「100万くらい浪人するとかかるから絶対合格しないと!」と同級生は言ってたけど、100万くらい稼いで返すわ!と言ってました(笑)
だから白紙で提出しました。
100万円で満足の大学生活を過ごせるならそっちを選ぶ!そして、その後、うんと稼いで返す!!!
こうして私は100万円の借金を背負って浪人生活をスタートさせます!
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